東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2444号 判決 1960年8月03日
控訴人 日出特殊製鋼株式会社
被控訴人 国
訴訟代理人 舘忠彦 外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、各訴訟代理人においてそれぞれ次のように付加し、被控訴人訴訟代理人において、原審鑑定人石井敬三郎の鑑定の結果を援用したほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。
第一、被控訴人訴訟代理人の付加した陳述、
一、被控訴人が控訴人に対し日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める根拠は次のとおりである。すなわち物価統制令第四条に基く昭和二十三年物価庁告示第三百四十九号(昭和二十三年六月二十三日施行)によれば、統制額の依拠する販売条件として「所定支払日に炭代の支払がない場合には買主は日歩五銭の延滞金利を支払うものとする」と定められており、右告示は法令として官報に掲載され、何人も知り得る状態におかれたものであるから、配炭公団と取引する者はその何人たるを問わず当然拘束されるものであつて、本件石炭の取引における相手方たる控訴人もその適用を受ける結果右割合による遅延損害金の支払義務がある。仮に右告示が法令として公団と取引する者を当然拘束するものではないとしても、右告示は前述のとおり官報に掲載され、何人もその内容を知り得る状態に置かれているものであつて、右公団と石炭取引をする者は、統制額の依拠する販売条件を十分承知の上で取引していたものであるから、右販売条件に依る意思を有していたものというべく、従つて控訴人は右条件に従つて契約上の債務を履行する義務がある。
二、控訴人が商人であることにより本件代金債権につき商法所定の五年の短期時効が進行するものとしても、控訴人は昭和二十七年六月二十四日債務を承認したので時効は中断せられ本件支払命令申立の日である昭和三十二年四月二日当時まで時効は完成しなかつたものである。
第二、控訴人訴訟代理人の付加した陳述
一、被控訴人主張のような告示があつたことは知らない。
仮にそのような告示があつたとしても、物価統制令第四条には「主務大臣ハ第七条ニ規定スル場合ヲ除クノ外政令ノ定ムル所ニ依リ価格等ニ付其ノ統制額ヲ指定スルコトヲ得」と規定してあり、ここにいう「価格等」とは同令第二条の定義規定に、「価格等トハ価格、運送賃、保管料、保険料、賃貸料、加工賃、修繕料其ノ他給付ノ対価タル財産的給付ヲ謂フ」とあつて、遅延損害金はこれに含まれないから、主務大臣が告示でこれを指定しても法令としての拘束力はない。被控訴人主張の告示は結局主務大臣が公団の従業員に対し右のような販売条件に従つて販売をなすよう指示したものに過ぎず、取引当事者がこれによることを合意すれば格別、そのような合意がなく無言のまま取引がなされたときはその適用がない。本件取引においてかような販売条件を附したことは控訴人においてこれを否認する。仮に当時かような告示が官報に掲載されていたとしても、昭和二十三年当時は人心いまだ安定せず経済界が異状な時代であつたから、取引当事者がこれを承知して取引したものとはいえない。
二、配炭公団の役職員が官吏であるということは公団が商人であるか否かとは関係がない。商法第二条には公法人でさえも商行為をなすことができることを規定している。配炭公団の事務所及び出張所は公衆に対して開設された継続的取引をなす場所であるから、商法第四条第二項にいう店舗その他これに類似する設備に該当し、公団はこれによつて一般公衆に石炭コークス等を販売することを業としていたものであるからたとえその売買取引を商行為ということができないとしてもなお右商法の規定により商人とみなされるものである。
三、仮に控訴人が昭和二十七年六月二十四日に債務を承認したとしても、それは二年の消滅時効の完成による債務消滅後のことであるから時効中断の効力を生じない。又債務の承認は債務消滅の事実を知つた上でするのでなければ時効中断の効力を生じないところ、本件においては控訴人は当時右債務消滅の事実を知らなかつた。仮に右承認に時効中断の効があつたとしても、その後本件支払命令申立の時までに更に二年以上を経過しているから、本件債務は右申立前に二年の消滅時効の完成により消滅したものである。
理由
旧配炭公団が昭和二十四年八月四日までの間に控訴人に対し石炭を売渡して売渡を了し、その残代金が金二十二万五千五百七十五円となること、配炭公団が昭和二十四年九月十五日政令第三百三十五号配炭公団解散令の施行によつて解散し、右残代金債権は同政令の規定により被控訴人国の当然承継するところとなつたこと及び右債権の承継を国が控訴人に対抗するには債権譲渡の通知又は承諾を要しないことはいずれも当裁判所の是認するところであり、その理由は原判決理由中のこれらの点に関する記載と同一であるから、ここにこれを引用する。右代金の弁済期は、特段の定がないときは引渡と同時であるけれども本件においては引渡の月の翌月十五日に支払う約であつたことは、被控訴人の自認するところである。そうして右売買当時施行されていた物価統制令第四条の規定に基く物価庁告示第三百四十九号中に「所定支払日に炭代の支払がない場合は、買主は日歩五銭の延滞金利を支払うものとする。」と定められていたことは昭和二十三年六月二十三日付の官報に掲載されている右告示の記載によつて明らかである。被控訴人は右告示の遅延損害金の定めは法令としての効力を有すると主張するけれども、主務大臣がかような遅延損害金の定をすることが物価統制令による委任の範囲に含まれていないことは控訴人の指摘するとおりであるから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。しかしながら、当時主務官庁の監督下に業務を行つていた同公団は、すべての取引先と一般に右販売条件に従つて取引をなしこれによらない売買取引の申出があつてもこれには応じなかつたものと認むべく、当時右公団と取引をしようとする者は、その販売条件が合理的である限り当該条件の内容の詳細を知悉していない場合でも右公団の依拠する販売条件に従う意思を以て契約をなしたものと推定すべきところ、右遅延損害金に関する販売条件の定は債務の履行を確保し不履行による損害の補顛を図るためのものとして妥当合理的なものと解せられ、かつ取引に際し特に右販売条件によらない旨の特段の意思表示があつたことも認められない本件においては、同公団と控訴人との間の本件売買もまた右告示に示された遅延損害金の定による意思を以てなされたものと推認すべく、控訴人において当時右告示のあることを知らず又は特にこれによる意思を明示しなかつたという理由で右条件が契約内容を成していたことを否認することはできない。従つて本件代金に対する弁済期後の遅延損害金債権もまた同公団の解散とともに被控訴人においてこれを承継したことになる。
控訴人は、右債権は消滅時効の完成により消滅したと抗弁するので、先ず配炭公団が民法第百七十三条第一号にいう卸売商人又は小売商人に該当するか否かの点を検討する。配炭公団は配炭公団法に基き、経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い石炭及びコークス等の適正な配給に関する業務を行うことを目的として設立された法人であり(同法第一条)、政府より基本金全部の出資を受け(同法第三条)経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続並びにこれに関する指示に基き、主務大臣の監督に従い物価庁の定める価格による石炭コークス等の一手買取及び一手売渡、これらの物資の保管、検査及び輸送並びにこれらに附帯する業務を行い(同法第十五条)、その役員及び職員を官吏その他の政府職員とし、原則として官吏に関する一般法令に従う(同法第十四条)ものであつて、経済安定のための政府の施策の実施を担当するために設けられた政府機関であり、はじめから営利を目的として設立されたものではないから、公団の石炭売渡価格が買取価格を超えて定められていてもその差額を以て商法第五百一条第一号にいう利益ということを得ず、従つてその売買譲渡はいわゆる絶対的商行為に該当せず、これをなすを業務とするという点を理由として配炭公団を商人であるとすることはできない。又配炭公団はその事業所において石炭コークス等の販売をなすことを業務としていることは配炭公団法の規定によりおのずから明らかであるけれども、前説示から明らかなようにこれらの業務行為は営利の目的に出でているものではなく、物品の販売が営利のために行われているものでないときは、その販売をなす者は商法第四条第二項にいう商人にも該当しない。従つて配炭公団は民法第百七十三条第一号の卸売商人又は小売商人のいずれにも該当せず、公団の石炭売却代金債権については同条所定の二年の短期時効の適用はない。
もつとも控訴人は商事会社であるから前記売買代金は控訴人の商行為によつて生じたものというべく、従つて右債権については、商法第五百二十二条所定の五年の短期消滅時効が進行するところ、甲第二号証中、控訴会社の社印の真正なことは争なく、控訴会社代表者大川忠一郎名下の控訴会社社長印の真正なことは原審鑑定人村田英次、同石井敬三郎の各鑑定の結果により認められるので、結局全部真正に成立したものと推定すべき右甲第二号証によれば、控訴人において最終の売買取引の日より五年を経過しない昭和二十七年六月二十四日被控訴人に対しその債務を承認したことが認められるから、これによつて消滅時効は中断せられ、その後本件支払命令申立の日である昭和三十二年四月二日までの間には五年を経過していないから、右債権についてはいまだ消滅時効の完成していないことが明らかである。よつて控訴人の時効の抗弁は採用できない。
以上の次第で控訴人に対し前記売買代金残額及びこれに対する弁済期の後である昭和二十六年三月一日以降完済に至るまで約定利率日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)